『普通』って何だろう。「コンビニ人間」あらすじと感想

『普通』って何だろう。「コンビニ人間」あらすじと感想

こんにちは。

この物語はハッピーエンドか、バッドエンドか、議論になりそうですね。

今回読んだ本は、「コンビニ人間|村田沙耶香」です。

以前から気になってはいたのですが、今回文庫化したので手を出してみました。

コンビニ人間、久しぶりに長い間意識に残り続ける作品でした!

何が凄いって、これ、コンビニ店員の生活を書いただけの作品なんです。

それがこんなに社会と個性について考えさせられる物語になっていることが本当にびっくりします。

「普通」について悩んだことがある人には是非読んで欲しい本です。

あらすじ

「普通」とは何か?
現代の実存を軽やかに問う第155回芥川賞受賞作

36歳未婚、彼氏なし。コンビニのバイト歴18年目の古倉恵子。
日々コンビニ食を食べ、夢の中でもレジを打ち、
「店員」でいるときのみ世界の歯車になれる――。

「いらっしゃいませー!!」
お客様がたてる音に負けじと、今日も声を張り上げる。

ある日、婚活目的の新入り男性・白羽がやってきて、
そんなコンビニ的生き方は恥ずかしい、と突きつけられるが……。

引用:文藝春秋BOOKS(https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167911300)

この本の主人公「古倉恵子」は、子供の頃から人と違っている人間でした。

みんなが大切に思っていた小鳥が死んだ時に、みんなが「お墓を作ろう」と言っているのに対して「焼き鳥にしよう」と言ったり、

喧嘩している同級生を静かにさせて欲しいと言われ、スコップで殴ったり。

普通に考えたら「おかしい」ですよね。

 

でも、本人の考えとしては「鳥の死骸がある→父親は焼き鳥が好き→この鳥を焼き鳥にして食べたらみんな嬉しい」なんです。

これって論理的には成立していると思いませんか?

とはいえ、「普通」じゃない事は言うまでもありません。

 

そんな風に周りとズレてしまっているのがこの物語の主人公です。

主人公はそんな自分は「普通じゃない」と自覚していて、「常に正解を教えて欲しい」と常に思っているのです。

そんな彼女が出会った仕事が、「コンビニ店員」でした。

「コンビニ人間」とは結局なんなのか

コンビニ。本書においてその特徴は以下にあります。

  • 24時間常に稼働している
  • 季節によって違いはあるが、基本的にはいつも変わらずそこにある
  • いつもマニュアル通りに事が進む
  • 店の平穏を崩す存在は除外される(自分勝手なスタッフ・迷惑な客)

「恒常的にやる事が決まっている」のがコンビニです。

これが主人公の性質にすごくぴったりくる。

マニュアルで常に正解が示されているので、それに則っていれば「社会の歯車」として認められる。

主人公はその点が嬉しくてコンビニ店員であることに喜びを感じているのです。

 

ですが、それだけだとコンビニ「店員」止まりです。

主人公はコンビニ店員としての行動を仕事以外でも常に行います。

・常に規則的な生活を営み、万全の状態で仕事ができるように生活を管理
・マニュアルの通りの身だしなみ(爪や清潔感のある格好)を維持
・日常を脅かす余計な事とは距離をとる

こういった行動によって、主人公はコンビニの「在り方」自体を自分にトレースしていくのです。

それ故、コンビニ「人間」となります。

感想

「普通」に悩んだ人には刺さる作品

この本の一番大きなテーマは「普通」と「個性」にあると思います。

主人公はコンビニ店員としてしばらくは平穏無事に過ごしているのですが、「36歳で未婚」となると「普通」から少しズレが出てきてしまいます。

そして周りはこう来るのです。

「どうして就職しないの?」
「どうして結婚してないのにバイトなの?」

ずけずけと人の個人的な所に突っ込んでくるんですよね。

普通から外れた事のない人には分からないのでしょうが、普通に悩んだ人なら分かるであろうこの土足で踏み込んでくる感ね。。

私はこれ自体がもう、「普通であれ。」という同調圧力の一種だと思っています。

 

「普通」から少しでも逸れてくるとこういう目に遭うのは昔も今も変わりません。

「生き方は人それぞれ」なんて言いますけど、じゃあなんでこんな肩身の狭い思いをしなくちゃいけないのか。

この物語ではそういう周りの悪意の有無に関わらない圧力について沢山書かれています。

そんな世の中に嫌気がさしているキャラクターに多少なりとも共感できた人は少なくないはず。

でも、コンビニだってそんな社会の縮図では?

一方で私はそう思いました。

だって、世の中の「普通」は「マニュアル」だし、本書でのコンビニの特徴である「店の平穏を崩す存在は除外される」という点は周りからの「同調圧力」と同じだと思いませんか?

結局の所、「どの枠組みに自分という存在が落とし込めるか」という点が違うだけなんじゃないのかな。

そう考えれば、「社会」という枠組みで主人公は異常だし、「コンビニ」という枠組みでは「普通の人」になる。

 

主人公がコンビニに入ってからの日数を、自分の生きてきた時間であるかのように数えたり。

最後にコンビニ店員に戻る際、コンビニを赤ちゃんがいる病院の窓ガラスに見立てていたり。

コンビニこそが自分という「人間」が存在できる場所であると感じたからだと思うんです。

 

だから私としてはこの物語はハッピーエンドだと言いたいな。

社会に合った「歯車」として生きるのか、コンビニの「人間」として生きたいのか。

そこがこの物語の結末をどう捉えるかの分かれ道となるのではないでしょうか。